「仕事が面白かったってだけなのかなあ」

1998年、『あ、春』という地味な映画が地味に公開された。佐藤浩市・斉藤由貴が小さな子を持つ夫婦の役で、バリバリ働く証券マンと育ちのいい専業主婦。そこに、山崎努演じる不気味なじじいが現れて、おれはお前の父親だと言いだした。幼い頃に亡くなったって聞いてたのにどういうわけさ・・・というお話。相米慎二監督の、地味だったけど名作映画で、キネ旬ベストワンに選ばれている。うまくいってると思ってた家庭が、不気味な親父の登場で揺れちゃってという、辛辣だけど温かい物語。じわっと来ます。

冒頭のひと言は、佐藤浩市が斉藤由貴に、あなたは私たちのこと見てないじゃない、と問いつめられてぼそりと言ったセリフだ。

下の子どもが生まれたばかりだったぼくは、これを聞いて、そうかあ、そうだなあ、言われてみるとその通りだわ、となんだか痛いところ突かれた気がした。言われてしまった感じ。

男は、家族のために仕事を頑張ってるんだ。家庭を省みろと言うが、お前たちのためなんだ。そんないつもの言い草に対して自問自答した答えが「面白いから・・・かな?」というものだった。おれはつらいけどお前たちのために耐えてるんだぞ、と言うのは言い訳に過ぎないかもしれない。だって仕事は、うまくいかなかったりチクショー!と歯がゆい思いをするところも含めて、面白いよな。

今週のAERAで「男がつらい」という特集記事を読みながら、ぼくはこの映画のこのセリフを思い出した。他のどのシーンよりもこのセリフをよーく憶えていて、時々頭をよぎるのだ。

いま「男がつらい」のだそうだ。のだそうだと言うと他人事みたいだが、そうだな、そうだろうなと強く思う。特集記事に出てくるのは仕事も家事も育児も完璧に頑張ろうとして、かえって空回りして上滑りし、妻にも会社にも冷たい目で見られてしまう若いイクメンたちだ。うーん、わかるけど、完璧めざさない方がいいよー、と思ってしまう。

一方、後半には”ゼロメン”の話も出てくる。ゼロメン?それはイクメンに対して育児も家事も何もやろうとしない家庭参加ゼロのメンズのことだそうだ。意外にゼロメンは、若い層にもいるらしい。育った家庭の父親がゼロメンだと、息子にも連鎖していくのではといういささか心配しすぎに思える記事だったが、そういう傾向があるのは否めないかもね。

女性の力を社会に生かそう、という動きがここへ来てどんどん出てきて、それはいいことなんだけど、その流れは「共働きなのにあなたは家事やらないわけ?」と男性に矛先が向いてきた。そこで前向きにイクメンを胸張って言う男性が増えてきたのはいいけど、すんなりとはいかない。それがこのAERAの特集となった。

実は前に取材に来てくれたAERA小林記者からこの特集に取組んでいることは聞いていて、「NHKに先にやられちゃいました、ちっ」と悔しがっていた。そう、NHKクロ現ことクローズアップ現代で7月末に「男はつらいよ2014」という、クロ現らしからぬタイトルで非常に近いテーマを扱っていた。複数のメディアがこのテーマを取り上げるのは、そういうタイミングなのだろう。

男は仕事頑張ってなんぼだろ、という旧来の価値観と、いきなりここ数年で家事や育児も頑張らなきゃダメ男だ、みたいなことになって、相反する男像の板挟みになってる。

家事や育児もやった方がいいに決まってる。さすがにゼロメンはもうありえない。でも一方で、働き方の常識が変わらない限り家事や育児に十分関わりにくい。会社という24時間男たちを拘束する、もはやイビツと言っていいシステムがいまのままでは、男性の板挟みは続くだろう。ぼくは、いまの家庭生活の問題点のほとんどが、この会社と男性の密すぎる関係にあると思う。

ではこれから、男たちが家庭にどこまでどう関わればいいか?正解はないとぼくは思う。どこまで行っても男は女にごめんなさいだし、女は男に納得できないんじゃないだろうか。どうして察してくれないの?と叱られつづけてるくらいの方がいいんじゃないかな。何かあったら、すかさず謝る。「女と男じゃ、男が悪い」のだ。

ただひとつだけ、男が噛みしめるべきなのが、冒頭のセリフ。家族のためにつらいのを我慢して仕事してるなんて考え方は、やめておこう。ウソだから。仕事は、面白いからやってるんだよ。

おれが食わせてやってるんだ。そんな意識はもう捨てよう。それは年功序列で終身雇用だったから言えたにすぎない。この先いつかしんどくなる。食わせてやってると思うから、会社にしがみつかなきゃならなくなる。不本意な何かを受け入れざるをえなくなる。そして何より、食わせてやってるんだと言ったところで、妻からの信頼や尊敬はまったく得られない。そんなことより、家族と一緒の時間を大事にする方が、信頼されるし喜んでもらえる。

プロ野球でアメリカから呼ばれた助っ人大リーガーが、家族に何かあるとペナントレースをほったらかしてとっとと帰国することはよくある。アメリカの男は、家族と仕事とどっちがだいじか問われたら、家族に決まってる!と考えているのだろう。シーズン途中で無責任な!というとらえ方が変なのだ。

男らしさ、というものはぼくなりに必要なものだと思っている。家族を守るのは男の務めだと思う。ただ、家族を守ることは、おれが食わせてやってる、ことではない。家族のために頑張ってるのだから、家族のことには関わらないのは仕方ないだろう、というのはよく考えると本末転倒なのだ。

なんてカッコいいこと書いたのをぼくの妻が見たら、あら?あなたそんなに家庭に関わってくれてたかしら?と突っ込まれそうだ。はいすみません。もう少しは頑張ります。

※この記事は「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」の関連記事です。このシリーズのFacebookページをつくりました。興味があったら下をクリックしてください。

境 治(さかい おさむ) コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターに。その後フリーランスとして活動したあとロボット、ビデオプロモーションに勤務。2013年から再びフリーランス。ブログ「クリエイティブビジネス論」はハフィントンポストにも転載されている。
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■著書
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