朝日新聞の「声」に掲載された23歳の大学院生の投書をきっかけに「公共の場での授乳」について議論が巻き起こっていますね。

私はショッピングセンターにある飲食店で、アルバイトをしている。(中略)ケープなどで隠しながら授乳する人も多いが、それでも目のやり場に困る(中略)注意をするわけにもいかない。私には、なすすべがない状況である。(中略)私は出産や育児を経験したわけではないので、「未経験者にはわからない大変さがある」と怒られるかもしれない。でも、授乳は授乳室でしてほしい。
朝日新聞:店内でいきなり授乳に戸惑う(「声」投書/2017年1月11日)

「赤ちゃん連れで外食しなければ良いのでは?」「授乳ケープをつけているなら配慮しているんじゃないの?」「自分も気になる。授乳室があるならそこで済ませてほしい」「ママになるまではこの女子学生と同じように思っていた」など・・・さまざまな意見が飛び交っているようですが、皆さんは公共の場での授乳についてどんな意見を持っていますか?

立場によって見方が異なるのは当然ですが"是か非か"を語るのは、母乳で赤ちゃんを育てている母親たちの外出先での"なすすべがない状況”を知ってからでも遅くないかもしれません。

人前でおっぱいをあげたいわけじゃない

公共の場(人前)で授乳に踏み切ることを何とも思わない母親ばかりかというと、そうではありません。多くの母親は積極的に人前でおっぱいをあげたいなどと思っていません。「恥ずかしい」「できることなら避けたい」という気持ちの中で、見えないように後ろを向いたり、授乳ケープを着けるなどして、人目に配慮しながら授乳を行っています。

その背景にある感情は、「これ以上泣かれては周りの迷惑にもなる」「おっぱいが張って仕方がない。乳腺炎になったら大変…」などさまざまですが、一番はやはり「欲しがっているのだから与えなくては」という本能。

赤ちゃんにとって「唯一のごはん」であり、「精神安定剤」でもある母乳。

月齢や母親のおっぱいの状況にもよりますが、1日の授乳回数は生まれて間もない頃には1日8〜15回程度、1歳になるまでに7、8回程度になるという調査結果もあり、母乳育児を行う母親は、求めに応じて与えるということをほとんど本能的に行っています。
なぜなら、赤ちゃんにとって「母乳がもらえるかどうか」は死活問題。大人の食事ように1日3回に分けて摂れるものではない上に、搾乳したミルクを哺乳瓶から飲むのを嫌がったり、粉ミルクは受け付けないという赤ちゃんもいますから、毎回の授乳(母乳)が命綱になっているといっても過言ではありません。

そんな大切な授乳1回あたりの時間は20〜30分程度。中には飲むのが遅い赤ちゃんもいますから、もっと時間がかかることもあります。だからこそ、外出先で食事をしている時などに欲しがられると困るのは当然。仮に近くに授乳室があっても、小さな部屋には3人分しか席がないということも多く、混み合っている時などは「欲しがって大泣きする赤ちゃん」を前に悠長に待っていられないということもあります。こうして、止む無くその場で授乳を行うこともあるのです。

それでもなお「トイレで授乳をすれば良い」という人もいますが、赤ちゃんにとっての食事をトイレで…というのはいかがなものでしょう。「授乳のタイミングが分からないなら出かけなければ良い」という人もいますが、牢獄にでもいない限り、外出を決めるのは個人の自由です。

赤ちゃんという生き物はそんなに都合よくできていません。

「お願いだから今泣かないで(欲しがらないでね)」と思うような場面に限って、「おっぱいちょうだい!」と泣きじゃくる。こちらが思うように理性を働かせてくれる存在ではない。それでも、赤ちゃんを連れて外出しなければならない時…たまにはリフレッシュで出かけたい時もある。

こうした状況下で、"なすすべがなく授乳している母親たち"がいることを知っていただければと思います。

立場によって言い分があるのは当然のことです。公共の場で授乳することを不快に思う感情自体を制限することはできません。しかし、嫌悪感から「授乳室を使え」と言うのを行き過ぎた「声」だと感じるのは私だけでしょうか。

ただでさえ、産後は精神不安定な状況に陥りやすい時期です。
母親の不安な気持ちは、普段の育児(赤ちゃんとの関わり)に影響します。
事情知らずな声よりも、事情を推し量った声で、安心を与えてあげられないものでしょうか。


これ以上、必要以上に肩身の狭い思いをして「すみません、すみません…」と行く先々で申し訳なさそうに過ごす母親が増えることがないように。母乳育児中の外出を恐れて家に籠りきりになり、"産後うつ病"などを発症する母親が増えないように。

母乳で赤ちゃんを育てている母親たちのリアルを通して、少しでも寛容に受け止めてくださる方が増えることを願ってやみません。

外に出て、風を感じたり、陽の光を浴びたり、人との会話を楽しんだり。
明日も、世の母親たちが赤ちゃんや夫の前で心から笑える1日を過ごせますように。