「サプライズを持った子どもが誕生すると…」~障がいのある子どもを授かると仕事はどうなる?〜 の続編。第5回目は、「音葉がはじめてお口から食事をした日」の思い出を綴ります。

 

私は記念日を覚えるのが苦手だ。
でも、そんな私にも忘れることの無い日がある。

カブキメークアップ症候群という障がいの症状の一つ「軟口蓋裂(なんこうがいれつ)」で生まれた次女の音葉が口腔外科手術を受けたのは、2歳6か月の頃だった。軟口蓋裂とは、上顎の奥の方が裂け、鼻腔との境目が無い状態である。そのため、飲食の難しさに加えて、発する言葉も聞き取りにくい。その不自由を解消するために上顎を作る手術を行った。

体重8キロギリギリの小さな体に全身麻酔をかけ、5時間にも及ぶ手術が行われた。

手術は無事に成功…!

彼女は『食べられる・話せる力』を手に入れた。

しかし、産まれてから一度も哺乳をしておらず嚥下(えんげ:口の中の食物を胃にのみ下すこと)の経験もほとんど無い音葉は、頬の筋肉の発達が遅かった。すぐには口から食べられず、しばらくは今までと変わらない鼻腔注入での食事が続いた。 

 

とはいえ、「食卓の大切さ」は知ってほしいと思ったことと、もしかしたらいつかは食べるかもしれない…と信じる気持ちから、食卓に彼女の椅子を準備し、ティスプーン一杯分のそうめんを3ミリに刻み、薄いおつゆの入った小さな器に入れて「はい、これがおーちゃんのご飯ね。いただきます」と一緒に食べる雰囲気づくりは続けていた。本人も、たまにそうめんを手で持って口に入れてみたり、出したりと遊んでいたが、なかなか食事には繋がらなかった。

 

その日も同じようにそうめんの器を出し、彼女を席につかせた状態で私の食事の準備をしていた。彼女に背を向けてほんの3分程度だっただろうか。キッチンから出てきてテーブルをみると器がひっくり返っていた。

「あ~、こぼしちゃったのね~」そう言って机の下を見ると、何もこぼれていない。あれ?…と思ってもう一度顔をあげると、そこには頬に白い髭を付けた音葉がにっこり笑って「どーじょー!(どうぞ)」と空の器を私に渡してくれた。

「え?あ!!おーちゃん!もしかしておそうめん自分で食べたの?」そう言うと、にっこりと笑い返してくれた。

「えー!本当に?」


白いそうめんだらけのお髭の顔。
このときの彼女のやり遂げた顔は今でも忘れない。

記念すべき「初めてのお食事」を残念ながら見逃してしまったので、慌ててもう一度そうめんを茹で直して、「いただきます、しようね」と一緒に食べた。音葉は何度も嚥下に失敗しながらも、お汁も上手に飲んで食べ終わった。ティスプーン一杯分のおそうめんを20分くらいかけて食べた。

幸せは唐突にやってくる。

突然のことに喜びながら、泣きながら。
私も、お昼ご飯を食べた。

夫に電話し、親に電話し、担当医の先生に電話し・・・と嬉しさのあまり思い出した人に片っ端から連絡をしたような気がする。2年9カ月間。鼻腔注入での生活にピリオドを打った瞬間だった。

その後の音葉の回復は早かった。

一口でも食べると誰もがものすごく喜んでくれるので、頑張って食べていた。と同時に、今まで抱っこ中心だった生活から自立歩行もすすんで行うようになってきた。階段があれば登りたがり、降りるときはお腹を階段にこすりつけるようにそろそろ降りることもできるようになってきた。周りのお友達はもう走り始めてボール投げなどしている頃だが、周りのことは全く気にならなかった。親子共に自信がつくと、前を向き、立ち上がれることを実感した。

鼻腔注入の支度をせずに身軽に移動できるようになったので、祖父母宅へ行くことも可能になった。夫の実家へ行った時、音葉の食事の様子を見て義母が「よくここまでがんばったねぇ」と話しかけてきた。

「はい!おーちゃん頑張りました!」と話すと「そうね、でも一番頑張ったのは洋子さんよ。洋子さんじゃなかったらここまでできなかったと思うよ」と義母がさらっと言った。

 義母も今まで私に言いたいことはきっと沢山あっただろうけれど、何も言わずにずっと待っていてくれた。

実は、義父は音葉が生まれる2週間前に病気で他界している。亡くなる前に「お腹の赤ちゃんは女の子で、『音葉』と付けるつもりです」と伝えていた。音葉が大変だったので、お葬式にも一周忌にも行けなかった。天国の義父も心配していただろう。そう思うと、泣き笑いのような顔で「ありがとうございます」と言うのが精いっぱいだった。

 

 

今の音葉は食べることが大好きで料理本が愛読書。
あの頃を取り戻そうとしているのではないか、と思うほど食べることを大切にしている。

食卓が大好きで多くの人とご飯を一緒に食べることが好き。あの頃を思うと夢のようである。そして今年度から毎週月曜日は、姉と一緒に晩御飯を作って私の帰りを待ってくれている。彼女はご飯担当で、毎回土鍋でご飯を作っている。家族の誰よりも、上手にご飯を炊くことができるようになった。

 

15年前の私に言ってあげたい。

「大丈夫。きっとあなたが望むような日が来るからね。諦めずに、今のままで十分だからね。」

 

11月4日は、音葉がはじめてお口から食事をした記念日。

 

〜続く〜

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おせっかい隊:中村 洋子(なかむら ようこ)

香蘭女子短期大学 准教授(保育学科 幼児体育)。ふくおか女性いきいき塾1期生。

大学教員職であったがハンディキャップ児を授かり退職を経験。看護生活で心身共に苦しかった頃の経験を活かし、沢山の頂いた援助を「恩送り」したいと考え、2006年《産前・産後・育児期の女性支援 すこやかライフサポーター》を設立。また、2012年には《発達障がい・多胎児・ハンディキャップのある子どもの育児を行う母親を支える プリズム 》を設立。2015年4月、12年ぶりに「常勤教員職」に復帰。現在は准教授となり、未来の保育従事者の育成に当たる。当事者の心に寄り添いながら人生の伴走をする「ママのガイドランナー」としても活動中!

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◼︎すこやかライフサポーター