「暮らしとは建築行為。その意味で、誰でも建築家になれます。家族を大切に思い、子育ても頑張っている"母親"も同じです」と語るのは、福岡県北九州市にある建築会社「有限会社ゼムケンサービス」の代表 籠田淳子さん。

男性中心といわれる建築業界において、女性、中でも「子育てをしながら働く女性」が能力を発揮できる環境づくりを進めてきた。

2013年内閣府「女性のチャレンジ賞」、経済産業省「ダイバーシティ経営企業100選」、内閣府第1回「女性が輝く先進企業」表彰と三年連続で国家表彰を受賞。これらは籠田さんをはじめ、社員一人ひとりが「ライフステージにあった働き方」に挑戦してきた結果の表れだろう。一体どんな経緯を辿ってきたのか。取り組みの背景に迫る。

大工の娘として育ち、幼い頃から建築の世界にどっぷり浸かってきた籠田さん。

自身が生後3ヶ月に満たない長男を抱える中、2000年に会社を継ぎ、夫の力も借りながら「母親業」「一級建築士としての仕事」「会社経営」に奔走してきた。

子どもの成長とともに仕事に打ち込める時間が増えてきた頃、「事業を次のステージに進めよう」と人を採用することに。いざ募集を掛けてみると、応募者の大半が、子どもが小さく、働く時間に制約のある女性ばかり。「幼稚園のバスの時間があるので、14時までしか働けません…と言われた時には、驚いたし呆れました」と、当時の正直な気持ちを振り返ってくれた。それは、同じ働く母親として共感できることがある反面、母親であることを理由に仕事をセーブしようとする姿勢を残念に思う気持ちがあったからだった。

しかし、続けざまに「子育てがあるから」と言う理由で短時間勤務を希望する女性が応募してくる中で、籠田さんの考えも変わっていく。

「だったら、二人で一人分の仕事と給料を分けたら良い」

途中で仕事を切り上げないといけない。最後まで責任を持ってやりとげられないかもしれない。そういう不安や不満を解消できれば、時間に制約のある女性でも良い仕事をしてくれるかもしれないと、籠田さんは考えるようになった。

何より、「子どもが小さくても働きたい」と願う女性たちの意欲に注目し、まず自らの"観念"(これまでの知識や経験に基づくものの見方考え方)を変えたのだ。

男性中心。更に、一つの案件は一人で完成させることが常識とされる建築の世界において、「子育て中の女性を積極的に採用したこと」も「ワークシェア」を取り入れたことも画期的なことだった。そうしたTOPの観念からの脱却、意識変革と新たな制度が、現在の「子育てをしながら働き続けられる職場環境」の礎になっている。

 

もちろん社員一人ひとりの努力も大きい。

例えば、「ワークシェアリング」導入のきっかけになったデザイン工事部の西村 恵理さんも、自らと周囲の観念を変えながら働いてきた社員の一人だ。


西村さんは一級建築士の資格を活かして働きたいと思いながらも、夫の両親に「子どもがかわいそう」と働くことを猛反対されていた。子育て真っ只中の専業主婦が、どうして働くのか。「女性は子どもを産み育て、夫と両親に尽くさなければならない」という観念に囚われている義父母には到底理解できない価値観だったからだ。

西村さん自身、結婚を機に縁もゆかりもない北九州に住み、「長男の嫁」としての責任を果たさなければという思いが強く、葛藤はあった。しかし、間も無く小学校に上がる子どもが自分の意思で自分の行きたい方向へ動くようになった姿を見て、「私も次のステージへ進もう」と決意したのだ。

夫の反対がなかったことが唯一の救いだった。「完璧にやりますから!」と、子どもが幼稚園に行っている間の9時から14時だけ仕事をし、帰宅後は家事をすべてこなし、子どもの面倒を見て…という毎日が続いた。

そんな義父母も、今では西村さんの仕事を応援してくれている。頑張りが認められたのだろう。「実は私も社会に出て働いてみたかったのよ」という義母の言葉に、いろいろな思いを馳せてしまう。

蚤(ノミ)は、箱の中に入れられると、その範囲でしか動けなくなるという話がある。元々は20㎝飛べたにもかかわらず、10㎝の高さの箱の中にしばらく入れて蓋をすると、箱から出した後も10㎝しか飛べなくなるのだ。

しかし、人間はいくらでも観念を変えられる。各々が信じる生き方や、大切にしている、価値観を受け入れ、共創し、内包していくことで、変えるべきを変えていける。

性別が違う、世代が違う、独身か既婚か、子育て経験があるか。違いを理由に「だから、合わない」と切り捨てずに歩み寄ることで、ライフステージの違いを強みにできる。ワークとライフを完全に分けない「職住一本化」という方針のもと、「社員の子どもはZm'kenの子ども」と言い切る籠田さんの姿に、支え合える職場環境、子育て期の理想の働き方を見た気がする。

ライター:貞國 慶子

子育て期にやさしいPoint!

「ワークシェアリング」で互いをフォロー

「子育て」に比重を置きたい。でも、仕事もしたい。「ワークシェアリング」は、子どもと触れ合う時間を大切にしながら働きたいと願うお母さんたちの希望を叶える画期的な仕組みだ。実際に、子どもに寂しい思いをさせるどころか、「働く母の姿を誇りに思う子どもの声」が聞かれるほどだ。

また、当初は子育て真っ只中の母親同士が「二人で一人前」の仕事をできるようにとはじめた取り組みだったが、今では「子育て中の女性と独身男性」などの組み合わせで、全社員にとって当たり前のワークスタイルになっている。子育て期の女性だけが活用できる「特殊な仕組み」にしてしまうのではなく、介護など、すべての社員のライフスタイルの変化を見越して平準化している点で、すべての社員にとってやさしい会社であると言えるのではないだろうか。

「デリケートな話」を相談できる仲間がいる

子どものこと、パートナーのこと、祖父母のこと。ワークシェアリングや在宅勤務などの制度を活用しても、母親業と仕事の両立における悩みはなかなか尽きない。そうした中、本音を吐露できる人、相談できる相手がいるかどうかは、ワーク・ライフ・バランスを保つ上で大きなポイントになってくる。

同社には、そんな「デリケートな話」をついしたくなる時間がある。
120分…2時間に及ぶ「お昼休憩」の時間だ。

ママ友との愚痴の言い合いとは一味違う、仕事における喜怒哀楽を共にする仲間との「家庭のお悩み相談」は、建設的でとても良い意見が聞けると好評だ。はじめは、自分や子どものこと、家庭のことを見せることに抵抗を感じるかもしれないが、言えば言うほどに助け合える関係性が強まっていくことを実感するだろう。「子育て期」という、自分一人で乗り越えようのない大切な時期を一緒に乗り越えてくれる仲間がここにはいる。

あなたがここで働きたいと思う限り、私は決して諦めない

代表の籠田さんは、産後3ヶ月で今の会社を継ぎ、母乳育児をしながら仕事を進めてきた。ワーク・ライフ・バランスを保つことがいかに大変か熟知している。また、仕事と家庭(子育て)の両方を大切にしたいと思う一方で、子育てを理由に働くことを諦める母親たちの現実も目の当たりにしてきた。

その中で籠田さんが大切にしていることは「ここで働きたいという思いがある限り、本人が抱える問題を乗り越えていけるよう、諦めずに付き合う」という姿勢だ。今、何が大変なのか。何が不満で、何が不安なのか。何もかも一人で抱えがちな「子育て期」において決して孤独にしない。「理解しよう」と諦めずに関わっていく。そうしたTOPの存在が、何よりもの「子育て期にやさしいPoint」ではないだろうか。

会社名/団体名有限会社ゼムケンサービス
設立1993年8月2日
代表者籠田淳子(こもりた・じゅんこ)
資本金2000万円
従業員数9名
所在地福岡県北九州市小倉北区片野3-7-4
事業内容特定建設業、一級建築事務所、住宅・店舗の設計・施工
建築デザイン・コンサルティング
ホームページhttp://www.zmken.co.jp/